1984年から2000年代前半にかけて、チェコの名門合唱団の指導者が子どもたちに対して起こした性暴力事件に着想を得た映画『ブロークン・ヴォイス』。2025年には、カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭で「Europa Cinemas Label Award」と審査員特別賞を受賞した。
本作は実話にインスパイアされたフィクションだ。派手な演出を排し、少女たちの日常を淡々と映し出すことで、身近な場所に潜む闇を浮かび上がらせている。ひとりの少女が声を奪われるまでの過程を通じて、支配関係や被害を覆い隠す「沈黙の力」を問いかける作品だ。

映画『ブロークン・ヴォイス』は…
- おすすめ度:★★★☆☆
- 心揺さぶられ度:★★★☆☆
- 没入度:★★★☆☆
- 余韻:★★★★☆
[※本記事は、映画『ブロークン・ヴォイス』のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。]
映画『ブロークン・ヴォイス』あらすじ
1990年代初頭のチェコ。名門少女合唱団のBチームに所属する13歳のヴァレリエ(演:カテジナ・ファルブロヴァー)は、指揮者ヴィーテク(演:ユライ・ロイ)に才能を見出され、Aチームの雪山合宿に参加する。
15歳の姉ルチエ(演:マヤ・キンテラ)らメンバーと交流する一方、アメリカ行きをかけた選抜をめぐって競い合うヴァレリエ。ヴィーテクに目をかけられるようになった彼女は、仲間たちの嫉妬や、彼との関係に対する違和感に直面していく。
第三者の介入を阻む、閉ざされた支配関係
合唱団では、少女たちがヴィーテクの「お気に入り」になろうと競い合っている。彼に認められることが、合唱団での成功や将来につながると考えられているからだ。
ヴィーテクは、少女たちから魅力的な異性としても意識されている。練習中は妥協を許さず、容赦なくメンバーを切り捨てる一方、練習以外では少女たちとダンスやギター演奏を楽しむ。「アメとムチ」を巧妙に使い分けることで、少女たちに畏怖と親しみの両方を抱かせ、自らの立場と信頼を利用して標的に近づいていく。
物語の大半は、外界から隔絶された雪山での合宿を中心に展開する。第三者の介入が限られるなか、前指揮者であるヴィーテクの母親やヴァレリエ姉妹の両親も、彼と少女たちの関係を変えるには至らない。
象徴的なのが、合宿に同行するヴィーテクの母親が、高熱を出したヴァレリエの部屋を訪れる場面だ。彼女は室内に息子のバスローブが置かれていることに気付き、意味深な表情を浮かべる。しかし、なぜ13歳の少女の部屋に息子のバスローブがあるのかを追及せず、無言で立ち去ってしまう。不都合な事実を見て見ぬふりする姿からは、息子の名誉や合唱団の将来を守ろうとする意識がうかがえる。
姉のルチエもまた、父親の介入を阻む。アメリカ公演決定を祝うパーティーから泥酔状態で帰宅した彼女は、翌朝、憔悴した様子を見せる。心配した父親がヴィーテクに事情を聞きに行こうとすると、ルチエは「自分のせいなの。遅刻したからきつく叱られただけ」と必死に引き止める。
パーティーでは、ルチエがヴィーテクと親しげに踊り、2人きりで会話する姿が描かれる。しかし、その後に何が起きたのかは明らかにされない。帰宅後、ヴァレリエから「ヴィーテクに歌声を褒められた」と聞いたルチエは、何かを思い出したかのようにトイレへ駆け込み、嘔吐する。彼女の様子からは前夜に何かが起きたことがうかがえるが、ルチエは「自分のせいだから」と主張し、父親の介入を拒む。
ヴィーテクの母親は追及を避け、ルチエは自ら真実を隠そうとする。また、合宿中、サウナでヴィーテクと2人きりになったヴァレリエは、彼に手を触られ、動揺してその場から飛び出す。しかし、その違和感を誰にも相談できず、気持ちを整理できないまま日常へと戻る。こうして周囲からの介入が阻まれ、ヴィーテクを中心とした支配関係が維持されていく。
日常に潜む性暴力と、沈黙の構造
本作で性加害が直接的に描かれるのは、終盤のアメリカ遠征中だ。それまでの大半は雪山での合宿に費やされ、少女たちが仲間をからかったり、ヴィーテクに気に入られたヴァレリエの服を隠したりするなど、日常的ないじめの様子も描かれる。外界から隔絶された環境と、指導者の評価をめぐる競争が、少女たちのプレッシャーや嫉妬を浮かび上がらせている。
性加害の場面では、時差ボケで明晰な判断ができないヴァレリエを、ヴィーテクがホテルの部屋へ連れ込み、行為に及ぶ。しかし、カメラはその様子を直接映さない。画面の端に2人の足元だけを捉え、中央には隣家の部屋を映し出す。
そこでは、祖母と孫と思われる人物が普段どおりの生活を営み、窓の外ではハトがのんびりと止まっている。何気ない日常と、画面の端で進行する性暴力を同時に映すことで、誰にも気付かれないまま闇が日常に潜んでいることを強調している。
性暴力そのものを物語の中心に据えるのではなく、そこに至るまでの過程を描く本作。沈黙が、被害を覆い隠し、支配関係を温存してしまう現実を描いている。
声を失った少女と、区切りのない結末
ラストでヴァレリエは、アメリカでの合唱パフォーマンス中に突然声を失い、その場にへたり込んでしまう。自ら沈黙を選んだわけではない13歳の少女が、強制的に声を奪われる瞬間だ。
カメラは徐々に引き、中央で指揮を振るうヴィーテクの背中と、合唱団の少女たち全体を映し出す。合唱団で生き抜くために不可欠だった声を失ったヴァレリエは、その場に取り残される。そして、彼女が声を取り戻すことも、ヴィーテクが告発されることもないまま、物語は幕を閉じる。
#MeToo運動後に制作されたハリウッド映画『スキャンダル』(2019)や、『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』(2022)では、性加害の告発や加害者の責任を問う過程が描かれる。一方、本作は事件の発覚や犯人の逮捕といった「区切り」を提示せず、ヴァレリエのその後も明らかにしない。
そこにあるのは、被害が明るみに出ないまま、被害者の中に残り続ける現実だ。沈黙の壁に閉ざされた少女の未来を、答えのないまま観客の前に差し出す『ブロークン・ヴォイス』。声が歌に形を与えるように、映画は言葉にならない沈黙を映し出し、その奥に潜む痛みを観客に突きつけている。
『ブロークン・ヴォイス』作品情報
■監督・脚本:オンドジェイ・プロヴァズニーク
■撮影:ルカーシュ・ミロタ
■キャスト:カテジナ・ファルブロヴァー、ユライ・ロイ、マヤ・キンテラほか
チェコ/2025年/106分



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